アーティストと政治性

アーティストが反戦でもハンセンでもどっちでもいい、と前回書いたところで考えた。カリフォルニアのヒッピー文化に思いを馳せれば、大衆歌謡の歌手が公権力に対するメッセージを歌うことが許されたことこそが、逆説的に民主主義を証明していたことになるんだなあ。ふとアジアに立ち戻って、現在の中国というのはどうか。あるいは現在のビルマは。いやもしかしたら日本はどうか…なかなか考えるには厄介なトピックである。

でもとりあえずは、テッド・ニュージェントというアーティスト自身が、ド右翼のド保守のド共和党支持であることはなんの問題もない。それが支持されたり批判されたりするのもまた健全な民主主義を保っているようにみえる。思い出すのはつい最近のディクシー・チックスの話題だろう。あの話題については「”NATALIE WAS RIGHT” ディクシー・チックスのブッシュ批判事件とは」のページが詳しいので俺がなにか解説するべき問題じゃない。でも感想くらいはふたつほど書いてみてもいいですか、すいません。

まず一つ目。さすがカントリー、アメリカ白人保守層の行動を非常に強く反映しているんですね。すごいなあ。例えばビギーと2パックのそれぞれの一派がドンパチやってた頃は、トピックには「ヒップホップ界の」という枕言葉が必ず付いた。それがこの件では、もちろん「カントリー界の」トピックであることは明らかだが、なにやら合衆国の世論が二分されているような印象を受ける。マジすか…まったくマイノリティの立場がないってえのな。

それから二つ目。むしろチックスの復活劇自体の方が、強く政治的なものを感じるんですけどね。なんせ映画にまでなってるし。グラミー受賞というオチまでついてるし、単純に「できすぎた話」に嫉妬してるのかもしれない。でもチックスがなんとか誤解を解かなければならないと活動したのは確かに偉いと思うし、羊水発言で謝る日本の歌姫とはちょっと比べるべくもないかな、と思う。ただね、終わってみたらチックスが正義であったというのはね、いくらなんでもキレイ過ぎ。

結局、チックスにしてもニュージェントにしても、まさか自分のセールスのために政治的な発言はしないだろう。そしてその政治的な発言が彼らの信条であるとしても、彼らは思想家でも政治家でもない。音楽家だ。だから音楽以外の発言については、僕らの立場と一緒、つまり「シロウトさん」である。シロウトなりの意見は、唯一無二の意見というわけではない。他にもチックスやニュージェントが言っている同じことを思っている人はたくさんいるだろう。だから、ことさら連中の意見にすり寄ったり過剰に反応したりするのは、愚かだと思うんだよなー少なくとも俺は。

例えば矢沢永吉がコンサートでタオルの代わりにチベットの旗を肩にかけてきたらおかしいでしょ。どのような信条であれ、一方を支持することは一方を非難することにつながるわけであって、だから本来ファンを大事にするアーティストなら、あまり一方を支持する意見というのは言わないようにしているんじゃないだろうか(チックスの場合も、ブッシュ大統領を誇りに思わないとかなんとかいうのは、メディアに「図らずもそのように解釈された」のが始まりだったんだけどね)。ブルース・スプリングスティーンの歌詞は非常に個人的なトピックに終始している。その個人的なトピックの中に、なんかしら政治的なメッセージがあることは読み取れるだろう。いや読み取れなくてもいいか、だって簡単に「Born In The USA」を選挙に使おうとするわけだから、読み取ってねえよなアホどもは。

…とはいいつつも、なかなかこのトピックでは自分の納得のいくようには書ききれんもんだ。引用したチックスのページでは、チックスのマネージャーのSimon Renshaw*1の言葉で締められている。

「私はディクシー・チックスに感謝します。
私は、彼女たちが取った行動、対処の仕方について非常に誇りに思っています。共に耐えた時間を、私たちは決して忘れないでしょう。彼女たちがノーと言える強さを持っていること、そしていつも正しいことをしようと主張することにも感謝します。

次の3つの意見を述べたいと思います。

言論の自由は自由ではない。また、そうであったこともない。

言論の自由はそれが行使されてこそ意味を持つ。

セレブリティは黙って歌っているべきではない。立ち上がって声を挙げるべきだ。そして、それを支えるのが我々の務めだ」

実際に言論の自由を行使した人だけになかなかこの言葉は重い。ではこれを書いている俺、これを読んでいるあなたはなにができるのか。なんだか長くなるなあこの話は。

*1: サイモン・レンショー(Simon Renshaw)は、1974年以来、音楽産業に携わって30年以上のベテラン。Dixie Chicksをスーパースターの地位に押し上げたことで知られる。他にも彼はAnastacia、Clay Aiken、Miranda Lambertらを手がける。2005年に独立して、LAにStrategic Artist Managementという名の事務所を作る。そうですか、Strategicですか。2006年のアイドル発掘オーディション番組『American Idol』で決勝に残ったBo Biceやその他若いアーティストも在籍。レンショー自身は2000年に大手コンサート企画のポールスターのPersonal Manager of the Year、2003年にアメリカ自由人権協会のBill of Rights Award(多分チックスに絡んで)を受賞している。