Dave Dudley

Trucker Classics

すみませんプロレス話から始めます。

プロレスはギミックというものを大切にする。Steve Austinは明らかに歴史上の人物、「テキサスの父」Stephen F. Austinに由来している。長州力山口県出身だろうなとなんとなく思えるのは「だって名前が長州じゃん」という感覚と同様に、Steve Austinという名前の響きで「ああテキサスね」という感覚はあるのだと思う。

そしてDudley兄弟は、何人いるのか分からない異母兄弟で、田舎のDudleyvillに住み、父親はヒッピーなのでみんな絞り染めのコスチュームで、という設定。これを参考にして書いてんだが、どうやらホッケーのコメディ映画がアイデアの元らしい。それではDudleyという姓はどこから引っ張ってきたかというと、Dave Dudleyで多分間違いないと思ってる。60年代と70年代に活躍したカントリー歌手なんだが、トラック野郎に絶大な支持を得た、「トラッカー・カントリー」なる分野で一番知名度のあった人なのだ。

デイヴ・ダッドリーは1926年5月3日生まれ、2003年12月22日没。ウィスコンシン州生まれの元セミプロの野球選手。1959年に一度デビューして、後にいろんなロックやカントリーの「その手の」アーティストがカバーしまくるほどのヒット曲を出した。6日間トラックに乗って日曜には家に帰る「Six Days on the Road」、この曲は当初、グランオールオプリのスター、ジミー・C・ニューマンに作られた曲だったそうな。ジミーがこんな曲いらねと言って、唄ったのがデイヴであった。それから他にもトラック乗ってく地方毎に現地妻がいるぜと言う「Truck Drivin' Son-of-a-Gun」、いかにもトラック野郎が好きそうなカーレース、NASCARの伝説的なドライバーを唄った「Fireball Rolled A Seven」など、どれを取ってもまあコテコテのトラック野郎ギミックなのだ。どれもこれもヒットし、60年代にその手の聴衆に好んで聞かれた。

ダッドリーは一度自動車事故に遭って、その保険金で自分のレーベルを作った。アーティストとしてはメジャーのマーキュリーと契約したんだが、自分のレーベルでもシコシコと出したために契約違反だっつー話になり切られる。その後は低予算で作るレーベルで、ちょっとの新作の他はスタジオミュージシャンが往年の名曲のパクリみたいな作品で水増しして、ずばり「トラッカー仕様」のLPを出し続けた。

一貫してマッチョなトラック野郎やカウボーイや製鉄所の感傷を歌ったタカ派で、ベトナム戦争の時には人種差別的で愛国的で戦争支持の歌を出した。70年代に入ってからはまたトラック野郎ソングに戻り、70年代後半に人気が落ちた。この間Top40のチャートに送った曲はなんと33曲。数だけ見たらホントに大スターである。

演歌歌手もそうであるように、80年代に入ってからもしぶとくデイヴ・ダッドリーはリリースし続ける。根強いファンはアメリカのみならずヨーロッパにもいて、ナッシュビルのテイームスターズ・トラック運転手組合から栄誉を与えられたりした。この組合ってのはしばしば大統領選挙にも登場する政治性の強い団体でもある。生涯で70枚のアルバムをリリースしたってのも驚異的だ。2003年に心臓発作で死去。

以下の動画はおっさんがカラオケで歌ってる動画です。まあこんな感じで愛されてる曲なんですね。