舎弟ボーカルは伸びる

アンディ・モンタニェスを書いててひとつ気がついたちょっとした話。

ラファエル・コルティーホ(1928年生)が最初に彼のバンドを作ったのが1954年。同じバンドにはコルティーホの生涯の友、ピアニストのラファエル・イティエール(1926年生)がいた。それでスター街道を走り、1962年にコルティーホが捕まって、バンドはイティエールの手によってエル・グラン・コンボになるのだが、この時イティエールは37歳。音楽的に脂が乗ってる年齢だ。そしてこの時加入したアンディは19歳。歌はうまいかもしれんが若いっつーの、と見られていたと思う。ギリギリ親子と言ってもいい年齢差だ。日本ほどには縦社会ではないにしてもね、アンディにしてみたら常に「イティエールさんチーッス」、「勉強させてもらいます」という感じだったろう。いやまあ年齢差はともかくとして、音楽的な経験値がはるかに異なったことは想像できる。

で、この関係、つまり年下のボーカルがすでに活躍しているバンドに入るっていう関係性って、レッドツェッペリンにも当てはまる。ヤードバーズにいたジミー・ペイジ(1944年生)はセッションミュージシャンとしても売れっ子だったろう。でペイジが引き抜いたボーカルが、素人同然のロバート・プラント(1948年生)。

アンディもロバートも、この結成時もしくは加入時の上下関係というのは、例え何十年経っても長く尾を引くんじゃなかろうか。ていうのは、例えば歌舞伎町でばったり学校の先輩に遭った時になにか緊張するとか、そういうのと一緒だと思うのだ。舎弟のメンタリティを強烈に持った人だからこそ、後から続いて来る者へ配慮するというか、逆に自分のものとして柔軟に吸収できる、んじゃなかろかねえ? 実際、ロバート・プラントは現在はるかに年下のアリソン・クラウスの魅力を引き出すような面白いデュオでグラミーを取ってるし、アンディにしても若いレゲトンの連中を立てながらサルサトンなんて言ってみたりしている。それでもそれは「外」での話で、また「内」に戻れば、昔とまったく同じ人間関係にぴたっと収まるような器用さってのがあるような気がする。だってイティエールなんてまだ健在なんだよ。アンディのおっさんは60半ばだが、イティエール先輩は80オーバーだしな。

まあそういう戻れる場所がまだ健在だから、外では好き勝手やっちゃおうと思えるのが舎弟の特権なのかもしれん。