Clifton Chenierという謎

King of Zydeco [DVD] [Import]

現在の日本で、音楽を生業にすることは難しい。昭和50年代で「キャバレー廻りでなんちゃらかんちゃらー」と歌う宇崎竜童がいたのだから、当時ですでに「箱バン」というのは廃れていて懐かしむ対象であったと考えられる。

ましてやローカルなバンドでフルタイムで食うってのはまず不可能。キャバレーやダンスホールが廃れて打撃を受けるのは都会よりも田舎のほうが大きいはずで、そういうところを食い扶持にしていたバンドマンは皆廃業して、ジャズ喫茶のオーナーになったり音楽教室の先生になったりしてるって感じだろう。まあ想像ですけど。

ところでザディコという音楽があって、これは好きな人なら皆知ってる音楽の種類なのだが、ルイジアナ州南部で発達した独特なローカル音楽というものなんだが、この棚で最もタイトルの数が多いのがクリフトン・シェニエだ。それもそのはず、現代のザディコはワシが作ったワシが育てたという感じの人であり、乱暴に言えば、伝統的なザディコとブルースやR&Bを融合させたヒーローと呼べる。この人の盤が多いのはなぜかというと、当たり前のことだがこの人の盤が売れる、多く聞かれているということなんだが、しかしもっと言えば、これはザディコというより、広くR&Bやブルースとして聞かれていたごく一般的な音楽であったのではないかと想像できる。ザディコという言葉は、他の音楽との差異を認めるため、もしくはプロモーションのために使用される言葉であったように思う。

ルイジアナ州オペルーサス。現在の人口は2万人、ルイジアナ州で３番目に古い町で、セントランドリー郡の郡都。「Zydeco Capital of the World」と名乗って、関連してさまざまな音楽イベントが催されている。

1690年にフランス人商人が当地にやってきて、地元のネイティブアメリカン、オペルーサス族と交易したらしい。1868年、レコンストラクションの時代には白人の群衆が解放奴隷25〜50名を殺した。これはルイジアナ州南部では最悪の暴動になるという。1880年には鉄道が通る。この地域の敬虔なカソリックの町として、ニューヨークの社会慈善団体が2000人以上の孤児を連れてきて、田舎での農業に従事させた。

1925年、クリフトン・シェニエ誕生。父親はシェアクロッパー、小作人。

1927年にはミシシッピ川大洪水の難民を数千人受け入れた。当時6000人の人口しかいない町に、5700人の難民がやってきたそうな。最初は農業してたが、第二次大戦後の40年代末から50年代初めにかけて、年齢で言えば20代前半に、兄のクリーヴランドと一緒に石油精製の職に就く。そのかたわらに音楽活動をする。

1954年にスカウトされてElko recordでまず一発録音、その後Specialtyで録音した曲が大ヒット。後にザディコアーティストのRockin' Sidneyの回想によると、当時はルイジアナのプレスリーとでも言うほどの人気で、彼が来る時はまず大きなイベントであったらしい。

ここで「田舎のプレスリー」である吉幾三の出身村、金木町（現在は五所川原市）の2003年の人口がおよそ1万人であったことを汲むと、ライブハウスが町に一軒あればいいほうで、後はスナック居酒屋とか、公民館とか、そういう場所での集まりでライブをしていたと想像するんだがいかがでしょう。50年代から60年代にかけて、シェニエが地元のサーキットでツアーしていた。それだけ音楽に需要があったということもすごいのだが、この時のシェニエのバンドのメンバーというのが、振り返ってみたら凄腕揃いであるということにも注目したい。腕っこきのミュージシャンが、田舎廻りのバンドであるにせよがっちりとシェニエとともに行動していた事実。ここが謎なのだ。要するに金があったということか。しかし目立ったヒット作はそれほどないというのに。

その後、このサイトによれば、1964年にChris Strachwitzがやってきて録音したとなっている。アーフーリーのChrisというのは民俗学的な音楽の収集に情熱を燃やすタイプの小僧であったので、シェニエによる南部と南西部にかけての「未知の音楽」との邂逅にわくわくしたのかもしれない。しかしシェニエにしてみたら、そんな伝統的なザディコにだけ焦点を当てられても困るべさ、てなもんだったろう。

ともかく、このアーフーリーの録音によって、当時のアメリカ音楽の回帰志向とあいまって、一躍有名人になったということになるのだろう。1975年、25歳のクリフォード・アントンが自分の店のこけら落としでシェニエが指名されているわけで、若い世代へのザディコの浸透というのはアーフーリーでの録音がきっかけと言える。1983年にはグラミー賞も受賞している。

1987年12月12日、クリフトンは死亡。