レコード以前と以後

というわけで、どうにも逃亡奴隷、あるいは解放奴隷のなにがしか、に最近とらわれがちなのだが、要するに奴隷なんて言葉を簡単にこういうテキストに用いてもしっくり来るはずがないのは分かっている。

1862年に奴隷解放宣言がなされたというのだが、じゃあその時にどんな音楽があったかなんて、実はそんなにはっきりと知られているわけではない。それを対象にしたフィールドワークもあるくらいで、例えばサウスカロライナのガラ人だったり、ブラックセミノールだったりってのは、これ相当特殊であることは間違いないし、コミュニティとして残存していたのであったなら研究だってしやすいだろう。普通のプランテーションの奴隷がどのような音楽を奏でていたかっていうのを調べるのに、いろいろ混ざっちゃって分かんなくなっちったー、ということももちろんあるはずだ。

1877年12月6日にエジソンが「フォノグラフ」を発明して、その10年後にはベルリナーが円盤型のレコードを発明したっていうから、19世紀の間はちょいちょいとしか使われてなかっただろう。日本のレコードの始まりは1909年で、「波浮の港」など初めての国産のレコードは1928年、もう昭和3年だ。あのティン・パン・アレーも1885年でまだ楽譜メインであったことを考えたらこれは納得できる。再発だよ昔の音だよ、と今は簡単にCDが出てしかもそれをろくにチェックしてなかったりするから、この辺の事情は実は忘れてしまう。

っていうか忘れててもいいんだけどなって話でもある。所詮レコードのない時代なんて、大きな音楽的な変化というのはなかったはずであって、ひとつの歌が3世代から5世代は受け継がれるくらいの進化しかしていないはずなのだ。そういうのがワークソングだったり、ハラーだったり、ジュビリーであったりする。ってなあたりまで。ちょっと詳しい資料見つけちゃったのでここまで。また勉強するわ。